phoenix-powerアニメ、ピンポンの感想です。

ピンポン

感想

今期は、ピンポンというアニメを視聴しました。といっても、放送終了後に一気に視聴するというスタイルを採用しました。

なぜピンポンを見たのかというと、放送終了後、または終了間際に出てくる他人の感想を読んで、面白そうだったからです。

視聴後の感想はというと、イラストが特徴的ですが、内容的には非常に面白かったです。

それにテンポも速いので、1回目は分からない部分もありました。したがって、合計2回(全話)視聴しましたが、色んな意味で、それも良かったなと思っています。

思考

ここでは、ピンポンを視聴して考えたことを書いていきたいと思います。

才能

スマイルが友人に、「俺はお前よりも何倍も努力したのになんで」とキレられる場面がありました。

このことに関しては、私はスマイルの意見に賛成です。

まず、これを単純に時間計算するのは間違いだと思っています。頭のなかで考えてることも違うだろうし、その努力の質も違うだろうと思います。目に見えない努力もあるでしょう。

あと、そもそも自分と他人を比較することは間違いだとも言えます。

なぜなら、ぜんぜん違う人間だからです。合う合わないというものもあるでしょう。

むしろ、同じ時間努力をすれば、同じ人間が出来上がってしまうことのほうが怖いように思います。傾向としては似たり寄ったりというのはあるかもしれませんが。

全てはマイナスなのだと思います。デフォルトでそうなっているのだと。

しかし、だからどうだというわけでもないし、特別、喚くことでもないですね。スマイルと同意見。

ただ、私は、すべての人間に、何らかの才能があると考えていて、多くの場合は、自分が望まない才能を持ち、自分が望む才能を持たざるものだということです。

この点を知らずにいる人も多いように思います。

マイナス

ここで言う「全てはマイナス」という考え方は、通常のマイナスとは少し意味が異なるかもしれません。

したがって、少しだけ私が考えるマイナスの説明を行いたいと思います。

実は、私の考えからすると、マイナスというものはないのです。

なぜなら、私が考えるこの世界は、全てが存在する世界であって、存在の世界には、ゼロ(0)がないので、マイナス(-)もないわけです。

更に、数学的に言うと、ゼロというものは基準点として使われることが多く、あくまで計算の便宜のためとか、何かを基準にしてあるものを推し量るためとかいう理由で、人間が自ら意思で設定する数字だというのが私の認識です。

さて、しかし、マイナスと言う表現は、数学で言うゼロ(0)と一緒で、言いたいことを伝えるためには便利なので、私はよく使います。

すべてがマイナスと言う考え方は、言ってみれば一般的なものの見方に関する問題です。

私は、思考の問題を取り上げた時、この思考自体をマイナスと表現した方が分かりやすいと考えています。

実は、自由に思考できる環境にいる人間は、私達が考えているよりも遥かに少ないのが現実です。

多くに、毎日の虐待や暴力に怯え、自由にものを考える機会すら与えられない人も多いのです。

毎日毎日、何かに怯え、強制労働などにより疲れ果て、そういった環境では、思考すること自体難しいことなのです。

こういった人達が存在していることを考えると、全てはプラスであり、世界はどんどん良くなっているというのは、少し脳天気すぎるし、現実が伝わりにくいので、私は、全てはマイナスだと表現している節があります。

心と体

体が疲れると、心も疲れる。反対に、心が疲れると、体も疲れてしまいます。

これは、心と体がリンクされている状態だからです。

したがって、辛い時は、心と体のリンクを解除すると良いような気がします。

例えば、体には、体の限界があります。

しかし、その限界を客観的に推し量れる人は少ないです。

なぜなら、心がリンクしていて、体がツラくなってくると、「もうダメだ、こんなことに何の意味が、ツラい…」などと考えてしまい、それが足かせになってしまうからです。

私の感覚的な印象で言うと、そんな感じです。

しかし、心を切り離せば、ツラくはなりません。そこには、ただ体力的限界が存在するだけです。

よく、機械のような人とか、ロボットのような人とか表現される人がいます。このアニメでは、スマイルがそうですね。

そういう人を見ていると、心と体のリンクを外していることが多いように私は思います。

ただし、頻繁にリンクを外すのも止めた方が良いとおもうので、このような能力も使い方次第という点は、いつもと変わりません。