phoenix-power久しぶりになにか書いてみようと思って、今回は、ブログ論でも書いてみることにします。

ブログ論の書きやすさと読みやすさ

様々なブログでブログ論が書かれています。私もけっこう読みますし、他の人も読まれる方、多いんじゃないかなと思っています。

では、なぜブログ論というものが書かれ、読まれるのかを自分なりに考えてみたいと思います。

ブログ論が読まれる理由として一番に思いつくのは、ブログをやったことのある人が多いからではないかということです。

ブログというのは、だれでも簡単に始められ、作ることができます。「ブログ」と検索し、ヒットしたサービスに登録、文章を投稿すればそれで完了です。

ここで、技術的な問題、個人的な問題の敷居は限りなく低いといえるでしょう。

なぜなら、様々なブログサービスは、コンピュータ技術なしに行えるように考えられているものが多く、文章を書くことに関しては、自分の思ったことを書けば良いだけです。

したがって、ブログというのは、一般的に、敷居が低く、だれでも簡単に始められ、作ることができると私は考えています。

これは、ブログ人口の増加に寄与します。

次に、ブログ論が書かれる理由としては、多くの人が作り手の側に回れるのがブログだからだと思います。

ここで、ブログというものは、①簡単に始められ、②作り手の側に回れるという要素があると思います。

そして、この要素は、多くの人が作り手として参加していることにもなります。

つまり、多くの人が作り手として参加することができるので、それがブログ論が書かれ、読まれる一番の理由なのではないかと私は思います。

他の理由としては、前提としてパソコンを持っている人が多いとか、ネットをやっている人が多いとかそういったものもあると考えられますが、本質としては、私は、多くの人が作り手として参加しているので、ブログ論が書かれ、読まれるのだと思います。

簡単にできることなどない

ここで、先ほど、「ブログは簡単にできる」みたいな言い方を気に入らなかった人も多いだろうと思います。もしくは、このような表現に違和感を覚える人も一定数存在するのではないかと私は考えています。

なぜこのように考えるのかというと、ブログを続けることは難しいし、毎日続けることはもっと難しいからです。

よって、ちょっとだけ話を脱線させ、少しこの事について考えてみたいと思います。

思うに、人というのは、①自分が成し遂げていないことを簡単だと考える傾向があり、②自分が成し遂げてきたことを難しいと考える傾向があると私は考えています。

例えば、私は、お金を持っていない人が、お金持ちになるなんて簡単だと言っているのを聞いたことがあるし、学歴を持っていない人が、勉強なんて簡単だと言っているのを聞いたことがあります。

しかし、本当にそうでしょうか。または、このことについて考える時、それを自分が成し遂げてきたことに当てはめてみた場合、それはどのように写(うつ)りますか。

例えば、自分がブログを毎日更新しているとして、ブログをやったこともない人が、「ブログを毎日書くなんて簡単な事だよ。誰でもできる」と言ってきた場面を想像してください。

この場面で最も適切な言葉は、多分、「じゃあ、おまえ、やってみろ」となることでしょう。

このような思考経路が形成される理由としては、単純に、①自分が成し遂げていないことを簡単だと考える傾向があり、②自分が成し遂げてきたことを難しいと考えてしまう傾向があるからだと思います。

そうですね。一言で言うと、簡単な事なんてない、と私は思います。

例えば、100億円の資産を築くことも難しいだろうし、ハーバード大学を卒業することだって難しいだろうし、ブログを毎日更新することだって難しいのだと思います。

よって、自分がやってもいないことを、簡単だと考えるのはあまり良くない傾向だなと私は思っています。

なぜなら、それはそっくりそのまま自分に当てはめられるからです。

自分に当てはめられるというのは、自分が成し遂げてきたことに関し、「そんなの誰でも簡単にできる」と言われても、何も言い返せないということです。自分のケースだけを特別に考えることはおかしいからです。

さて、話をだいぶ逸れてしまいました。話を少しだけ戻しましょう。

実は、このような話は、前から個人的にストックしてあったものであり、いつか出そうと思っていたものです。

したがって、本来的には、この記事のタイトルであるブログ論とは全く関係のないものです。つまり、別々に出すべき記事ということになります。

このように、私が書く記事というのは、通常、以前から書こうと思っていたことを無理やり押し込んで作られることが多いのです。

しかし、今回に関しては、このような事情を説明した上で、更に、可能な限り違和感のない組み込みを実践してみたいと思います。

今回の場合で言うと、

さて、①自分が成し遂げていないことを簡単だと考える傾向があり、②自分が成し遂げてきたことを難しいと考える傾向があるのですが、前者は誤りで、後者は正しい可能性が高いと考えられます。

したがって、ブログを続けるのは難しいし、毎日続けるのはもっと難しいと思います。これは、他の事柄でも同じです。

このことから、ブログを続けるのは一定の価値があるというのが、私の考えであり、ブログ論の一部です。

とこんな感じでまとめられるのではないでしょうか。組み込み事情を説明しないのであればですが。

個人的なブログ論

さて、上記のような無関係な物事を組み込んだからといって、良いことはひとつもありません。

もし複数のテーマを組み込まなかったら、この記事のタイトルは、「ブログ論の読みやすさ」だと思います。

私は、この記事で、ブログ論が何故書きやすく、読みやすいのかという考察を書くつもりだったからです。

しかし、結果的に、それほど関係があるとは思えないテーマを取り入れています。

そして、これは、私のブログが全く読まれない一つの原因ではないかと思っています。

なぜなら、1記事1テーマのほうが非常に分かりやすいからです。

反対に、様々なテーマを無理やり詰め込むと、非常に分かりにくい、何が言いたいのか意味不明な記事の出来上がりです。

しかし、これが私という人間なのだから、しかたがないと考えています。

人ができることは、完璧であろうとすることではなく、自らの欠点を認識し、それを受け入れることだけです。

その理由は、人の本質というのは、通常、人生観が変わるほどの事情でもない限り、簡単に変質するものではないからです。

したがって、それを変えようとするのではなく、他の要素でそれを補うことのほうが重要だと個人的には思っています。もちろん、欠点に関し、少しでもマシでありたいと願うならばですが。

完璧な人間はいませんが、完璧に近い人間がいるとすれば、それは、自分を知る人間だろうと思います。

このような価値観から言えることは、ブログは、自分を出せれば、それでいいというのが私の考えです。

まとめ

多くにテーマが錯綜しているため、最後に、この記事で言いたかったことをまとめてみます。

ブログ論の書きやすさと読みやすさ

ブログというものは、①簡単に始められ、②作り手の側に回れるので、それがブログ人口の増加につながり、多くの人が作り手として参加している市場でもあるので、このような事情が、ブログ論が多く書かれ、読まれるている一つの要因ではないか。

簡単にできることなどない

ただし、ブログは簡単だと考えない

①自分が成し遂げていないことを簡単だと考える傾向があり、②自分が成し遂げてきたことを難しいと考える傾向があるのですが、前者は誤りで、後者は正しい可能性が高い。

自分のケースだけを特別に考えることはおかしい。

個人的なブログ論

個人的なブログ論など持ち合わせていない。

あるとすれば、「ブログは、自分を出せれば、それでいい」くらいかな。

完璧な人間

完璧な人間などいないが、完璧に近い人間は、自分を知る人間だと思う。

人の性格は容易に変質しないので、変えようとするのではなく、欠点を認識し、それを補うことが大切だと思う。

結局何が言いたかったのかというと

書きたかったことが溜まってきたので、ブログ論としてまとめてしまいました…。

ちなみに、何が書きたかったのかというと、まとめに書いたような感じの事柄です。

では。