phoenix-power天体のメソッドの5話を見て、色々と考えることが多かったので、そこで考えたことをまとめてみたいとも思います。

正論と感情

5話では、柚季の評価が人によって分かれたお話でもあり、色々と面白かったです。

それに、感動した人と、感動しなかった人がいて、感動した人はすごく感動しているのですが、感動しなかった人は全く感動していないので、好みが分かれるお話だったと思いました。

では、一体何が違ったのでしょうか。ここでは、それについて考えていきたいと思います。

私は、正論を優先するか、感情を優先するかで好みが分かれたのだと考えています。

柚季は、兄である湊太が怪我したことを自分のせいだと思い、その罪悪感を円盤のせいにして逃げていたという事情がありました。

ここで、確かに、正論から言えば、円盤は無関係であり、柚季が悪いということができます。それは、仲直り出来たとしても変わりません。

しかし、人間が常に正しい行動を取れるかというと、そうではありません。時に間違えることもあるでしょう。

したがって、このような事情を考慮すると、仲直り出来てよかったね。事情があったんだから仕方ないよということになります。

事情

ここで、私は、柚季の事情を、「この程度の事情」と呼んでいます。

その理由は、私が個人的な問題の大きさを判断する場合、対象となる人物の行動と比較し、決定するからです。

そして、私は、ほとんどの場合、自分の事情を斟酌しません。つまり、「自分は今までこんな辛い思いをしたことがある。したがって、この程度の事情で…」とは考えないということです。

私は、対象となる人物の行動を考慮し、事情の大きさを決定します。

つまり、柚季は、円盤のせいにして、反対運動、転校してきたばかりの乃々香に辛く当たるなどの行動と比較し、兄である湊太が自分を探して怪我したという事実は、どの程度の事情かを判断するということです。

この場合、事情と比較し、行為の方が大きいので、「この程度の事情」となります。

7年間?もの反対運動や、乃々香の精神的なダメージを考えると、やはり、柚季の事情は、客観的に「この程度の事情」になってしまうと判断しました。

しかし、いくら客観的にみて、取るに足らない小さな事情であっても、本人にとっては、とても大きいことがあります。

私は、柚季にとって、このような事情は凄く大きかったんだなとも想像しています。

感動

さて、ここで、柚季にとって凄く大きかった事情を読み取れた人は、今回のお話はすごく感動出来たのではないかと私は思います。

反対に、柚季の事情を客観的に捉え、小さなことだと考えた人は、柚季の評価は厳しくなったと思います。

ちなみに、私は、それほど感動できなかったけど、柚季の評価は別段変化していません。多分、柚季にとって凄く大きかった事情を読み取れていないんでしょうね。心のなかでは。

評価が変わらなかったのは、1~4話でも柚季には特別怒りを覚えなかったので、それは変わらずという感じで、仲直りしても特別評価が上がったということもなかったです。

今回のお話では、一見して小さなことでも、本人にとっては大きいことがあるので、その辺も考慮できたほうがいいなと思いました。

私は、どちらかと言うと、こういうお話に感動できる人のほうが好きですね。

追記

1回目は、感動させる何かがあると感じたくらいでしたが、2回目を視聴した時は、結構、感動してしまいました。

たしかに、天体のメソッド、5話は、何かある!